円高と金融政策

最近、円高が進んで、国内産業に悪影響を与えることが心配されている。
円高が国内産業に与える影響は、輸出産業の円ベースでの売上が減少することで、収益が減少することと、輸入品に競合製品を持つ国内産業が価格競争で不利になること、円高由来のデフレに拍車がかかることなどである。それに対し、輸入産業は仕入価格が減少するので、収益が増加する。

ところで、なぜ円高が進むのか? これは簡単な理屈だ。
つまり、日本の輸出産業の生産性が非常に高く、貿易黒字をがっつり稼ぎ出しているので、そこで稼いだ外貨を円に替えるため為替には常に円高の圧力がかかっているのだ。国内で輸出産業以外で為替市場に参加するプレーヤーが、同じか、それ以上の金額の円を外貨に替えなければ、円高圧力に負けてしまい、円は高くなる。
それでは、輸出産業が円高によって競争力を失って、貿易黒字がなくなってしまわなければ、円高は止まらないのだろうか? いや、そんなことはない。貿易黒字と同額かそれ以上の円が、金融取り引きとして外貨に替えられれば、為替取り引きは釣り合うことになる。つまり、貿易黒字と同額以上の海外投資が行なわれれば、円高は止まる。そして、海外の方が日本よりも投資先として魅力的ならば、円は日本ではなく海外に投資先を見つけるはずだ。
年間の貿易黒字額は10兆円程度ある。そこで、それと同程度の10兆円程度の海外投資が純額であればよいことになる。純額とは、(海外ファンドの日本投資 ‐ 日本からの海外投資)という意味である。
日本の個人金融資産は1400兆円あることを考えると、この10兆円という額は、ほんの1%の額が海外投資に回るだけで、円高圧力を打ち消すことができるという程度のものであることがわかる。

しかし、現状として、日本は長期的で構造的な不況にあえいでいて、海外の方が投資先として魅力的だったはずなのに、円高は止まらない。それはなぜか?
これは、日本の金融政策の問題なのだ。

まず、日本政府や公的機関、地方自治体などが大量に借金をすることで、市場からお金を吸い上げている。国債だけで年間発行額が30兆円を越えて、政府・地方を合わせた累積長期債残高は700兆円近くにのぼる。この額は、個人金融資産の約半分だ。さらに、郵貯簡保などに預けられたお金も、実質的に政府の債務と同じで、自由な金融市場には流出せず、公的機関への投資に向けられる。これによって、自由な金融市場へ流れる資金が大幅に減少する。
また、個人金融資産の運用先にも問題がある。個人金融資産の運用先は約80%が現金預金・保険・年金となっていて、運用益よりも低リスクを重視した運用になっている。また、最近はこれらの運用先のウェイトがさらに高まっている。そして、これらのリスクを極度に嫌った運用によって、資金の流れは国内の債券に偏り、海外投資へは向かわない。

このように、個人金融資産が海外投資へ向かいにくい構造になっていることで、貿易黒字による円高圧力に対抗できるだけの海外投資が行なわれないため、どれだけ不況が続こうとも円高に悩まされるのだ。

この状況を打開するには、これらの金融政策を変えなければならない。
ポイントは、個人の金融資産の運用に対して、政府の介入の度合を減少させ、自由な金融市場に多くのお金が流入するようにすることが重要である。

  • まず、政府や自治体の借金を減らして、自由な金融市場に資金を供給する。(ただし、国債の日銀引き受けによっても同様の効果が得られる。)
  • そして、郵政を民営化するとともに、特殊法人の改革を進めて、自由な金融市場によらない資金の運用を減らす。
  • また、郵政を民営化するとともに、ペイオフを解禁して、預金や貯金に対する無制限の保証をなくし、預貯金者にリスク意識をもたせる。
  • 保険に対する所得控除の制度を廃止して、保険が投資信託などよりも運用上有利になる状況を改める。
  • 401Kプランなどの年金の個人勘定制度を拡大して、個人が運用先を選択できるようにする。

このような金融政策の改革によって、個人金融資産の一部が海外投資へと向けられるだけで、現在の円高の問題は一気に解決するのだ。