イラク議会選挙とシーア派の台頭

イラク議会選挙とシーア派の台頭についての分析が、毎日新聞の記事にありました。

http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/mideast/news/20050201k0000m030168000c.html
イラク議会選:周辺アラブはシーア派勢力台頭に懸念
【カイロ小倉孝保】30日投票のイラク移行国民議会選挙でイスラムシーア派勢力が勝利し、イラク現代史上初めて同派主体の政府ができる可能性が高まったことに対し、アラブ周辺諸国は強い懸念を抱いている。国内のシーア派勢力拡大に神経をとがらせる国のほか、イラクへのシーア派・イランの影響力拡大に不安を抱く国もある。また、今回の選挙はアラブで民主的な選挙を行えば、宗教勢力が強い影響力を持つことを証明。その波紋も大きい。
投票終了後、エジプトのムバラク大統領はアラウィ・イラク暫定首相に「安定した政治状況を作る最初のステップだ」と祝福した。また、バーレーンのハマド国王はヤワル暫定大統領に「この選挙の成功がイラクの安定と人々の繁栄につながることを願う」との書簡を送った。また、ヨルダン政府の報道官も、選挙により混乱した状況が改善することを期待すると表明、周辺国は表面的には選挙の「成功」を評価している。
しかし、イラク中、南部のシーア派地域で投票率が高く、同派の連合会派「統一イラク同盟」の勝利が確実になったことは「アラブ諸国にとって最悪のシナリオ」(ヨルダン人記者)ともいえる。
イラクを巡る混乱の源流をたどれば、79年に隣国イランで王制打倒のシーア派革命が起こり、同派聖職者による支配体制ができたことに行き当たる。この混乱に乗じ、フセイン政権がイランに侵攻。サウジアラビアクウェートなど「革命の輸出」を警戒したアラブ諸国イラクを支援した。
シーア派の影響力阻止を優先させた各国の外交政策が旧フセイン政権を軍事大国化させ、イラククウェート侵攻(90年)にまでつながった。アラブ諸国シーア派拡大阻止の政策が、回り回ってイラクシーア派政権を誕生させることは歴史の皮肉だ。
シーア派勢力台頭を懸念する背景は各国によって微妙な違いがある。バーレーンシーア派の人口比70%)、レバノン(同35%)、クウェート(同30%)、サウジアラビア(同数%)など自国にシーア派住民を抱える国では、イラクの国内情勢が自国のシーア派の権利拡大要求につながる可能性がある。特に、バーレーンクウェートサウジアラビアなど王制の国では、シーア派勢力は反体制色が強く、政府は同派の台頭が王制打倒と結びつくことを回避したいという事情がある。
また、ヨルダンは歴史的にイラクと最も関係の深い国で、貿易、エネルギー、安全保障の面でこれまでのスンニ派政権と太いパイプを持ってきた。しかし、統一イラク同盟主体のシーア派政府ができれば、イランの影響力拡大は必至だ。そのため、アブドラ・ヨルダン国王は選挙前、「イラン人がイラクに入り投票しようとしている」と繰り返しイランをけん制してきた。
さらに、今回の選挙の大きな教訓は、アラブでの民主的な選挙は宗教勢力が大きな影響力を持つということだ。米国が「中東の民主化」要求への圧力を強める中で、エジプトなどの非宗教国家は、民主的手続きによるイスラム勢力の台頭に一層神経を使わざるを得なくなった。
毎日新聞 2005年2月1日 1時24分